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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和28年(う)281号 判決 1953年12月12日

控訴人 原審弁護人 梨木作次郎

原審検察官 三原健三

被告人 矢木正

検察官 宮崎与清

主文

各控訴をいづれも棄却する。

国選弁護人に支給した訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

国選弁護人梨木作次郎並に検察官の論旨はそれぞれの提出する控訴趣意書に各記載する通りであるからこれを引用する。

弁護人の論旨について。

デモの隊員が合法的な条件の下に市中の繁華街を公然示威行進する情景を新聞社写真班が記事の取材活動として撮影することは社会の諸現象の知識及びニュースを読者に正確公平に頒布すべき新聞の使命に鑑み当然社会的に許された行為といわなければならないのであり所論肖像権の理念をもつて右活動を妨害することは権利の濫用と評定しなければならない。

まして、右写真フィルムの奪取を目的として写真班員の所在する他人住家の二階に家人の制止を無視して土足のまま駈け上り室内を捜索する権利は到底これを認客することができない。原判決挙示の証拠によれば同判示事実は優にこれを認定するに足り被告人の判示所為が住居侵入罪を構成することは論を待たない。論旨は採用に値しない。

検察官の論旨について。

記録の示している本件犯行時の群集的心理状態及び被告人の行為の目的、内容及びその結果の有する実害の程度などに鑑み被告人を懲役の実刑に処しなければならない犯情のものとは認めることができない。従つて被告人に対する懲役刑に執行猶予を付した原判決の量刑をもつて所論のように寛大に失するものとはいうことができない。論旨は採用に値しない。

そこで各控訴とも理由がないので刑事訴訟法第三百九十六条第百八十一条により主文の通り判決する。

(裁判長判事 吉村国作 判事 小山市次 判事 沢田哲夫)

検事岡本吾市の控訴趣意

原判決は公訴事実を有罪と認め被告人を懲役四月に処し、且つ二年間の執行猶予を言渡しているが、これは刑事訴訟法第三百八十一条に所謂刑の量定が不当で軽きに失するものと云わねばならぬ。次にその理由を挙げる。

一、本件は公正自由なる報道の取材活動を妨害せんとする意図に出たものである。被告人が本件犯行を犯した動機は、証人竹中幸二、同椎原基次、同中村 仁、同中村スミの各証言により明かなように、昭和二十七年六月七日北国新聞社記者竹中幸二、椎原基次の両名が金沢市広坂通り運動具商中村智義方から被告人の参加している街頭示威行進の状況を撮影したのでこれを憤慨し撮影したる右両名を罐詰しようと考えた事にある。ところで右両記者がこの示威行進を撮影した所以は、当日金沢市兼六公園横の長谷川邸跡に於て県評主催の破壊活動防止法及び再軍備反対の大会が行はれこの大会には県評傘下の自由労組、国鉄、津田駒の各組合員、その他金大学生等三千名が参加し大会終了後右参加員により街頭デモ行進が行われたので(記録第四十六丁、第四十七丁、第六十五丁)北国新聞社編集局記者竹中幸二及び同社撮影部記者椎原基次は、そのサイドニュースをとらえこれを新聞紙に掲載しようと思つたためであり(第四十六丁、第六十五丁の証人竹中幸二、同椎原基次の各証言)いわば全く同人等の新聞記者としての職務上の理由に基くもので他に被告人又はこれら組合員に対する個人的な悪意は何ら無かつたものである。前記の如く約三千名の組合員が参加する右大会が金沢市内で行われ且つ示威行進がなされると云うことは、破壊活動防止法反対の声が各所から聞かれた当時の時代的背景を思えば新聞ニュースとして報道的価値ある事件たることは何人も認めるところであり、そしてその取材のために新聞記者がこれ等大会又は行進の模様を撮影せんとする事は当然の事であり何人もこの行為を批難する者はないであろう。被告人等は新聞記者がデモ隊の写真をとればその写真は犯罪捜査の道具として使用されることも予想されるし自分の肖像が他人にとられる場合に憲法の保障する基本的権利の行使として、これを取り返す事は許されるものである(第二百三十四丁)と述べているが右両記者が犯罪捜査の道具に供するため本件示威行進を撮影したものであると認められる節は一件記録中何処にも見当らず単に記者としての職務遂行のために撮影したとしか認められぬことは前記各証拠により明らかで被告人の右言分は情状論として全く通らない。果して然らば本件の量刑に於ては単純なる住居に侵入したと云う事実のみに着目すべできでなくその背景に公正自由なる報道の取材活動の妨害の意図があることを参酌すべきであり厳重な刑が盛られて然るべきものと信ずる。

二、本件犯行自体に於てもその情状は決して軽くない。被告人が右中村運動具店階上に侵入した際の態度は全く法を無視し傲慢なもので而も極めて殺気だつたものであることが認められその情状は決して軽いものではない。被告人が新聞記者を罐詰するための中村運動具店玄関に這入つた際同家玄関入口には家人の中村スミの外杉田伊都子、畑中文太郎の店員が居たにも拘らず被告人は同人等を眼前に見ながら一言の挨挨もせず家人に対し許諾の有無について返答する余裕も与えず、さつと二階にかけ上つたのである。(第百七十九丁、第百八十丁、第二百三丁乃至第二百十五丁の証人中村スミ、同杉田伊都子の各証言)而も証人中村スミ、同中村仁、同杉田伊都子の証言(第百十二丁、第百八十四丁、第二百七丁)によると被告人は履物をぬいで上らねばならない木製の階段を下駄履のままかけ上り二階に達している事が認められる。更に被告人が中村方住宅に入つた際の態度は決して穏かに撮影者に口頭で抗議を申込もうと考えた体のものではなく非常に殺気だつて暴行をしかねまじき勢であつた事は証人椎原基次、同中村スミの各証言(第六十九丁、第百八十二丁、第百八十三丁)によつて充分窺われる。なるほど被告人が中村方階上に上つて新聞記者を探していた時間は約七、八分でそのまま同家を去りその間他人に暴行等の所為に出なかつたがこれは被告人が途中で自己の行為を反省した結果によるものではなく近くの金沢市警の建物から警察官が中村方を見ておりこれに被告人が気付いたので倉惶として立去つたものであることは証人中村仁、同川江豊吉の各証言(第百八丁、第百三十三丁、乃至第百四十一丁)により明らかである。竹中新聞記者は被告人等からの暴行を怖れ中村方に隣接している金沢市警に逃げ(第五十丁)又、椎原新聞記者は恐怖の余り二階の押入の布団の中にカメラを隠し自分も押入に隠れたのであつて(第六十七丁)此の事実は中村スミの証言と相俟つて如何に被告人が殺気だつていたかを物語るものである。幸にも右新聞記者は被告人等により発見され得なかつたので暴行等の結果を見なかつたものゝ然らざる場合には記者に対する暴行等がなされたであろうことは察知するに難くない。果して然らば本件の量刑に於て単に現実的に暴行等の結果を見なかつたと言う点で被告人の犯情を軽く見る事は不当であると信ずる。

三、被告人には全然改悛の情が見受けられない。本件公訴事実が明らかである事は原判決が証拠で認めているように極めて明白である。然るに被告人は単にこれを否認するのみならず本件起訴は政治的陰謀の下にデッチ上げられたものである等と全く根拠のない論を強弁し(第二十二丁乃至第二十六丁、第二百三十五丁乃至第二百三十八丁)自己の行為の正当性を主張して毫も反省の色がない。改悛の情極めて薄いものである。

以上の理由により本件に対しては原判決は余りにも刑の量定が軽きに失すると信ずるので破棄の上相当裁判相成り度く控訴に及んだ次第であります。

弁護人梨木作次郎の控訴趣意

一、原判決は事実を誤認し法の解釈適用を誤つている。しかもこれは判決に影響を及ぼすこと明らかである。原判決は被告人が「中村方家人等の承諾なくして同家階上に駈上り居間等に立入つて故なく人の住居に侵入したものである」と認定した。しかしこれは次の理由で事実を誤認し法の解釈適用を誤つたものといわざるをえない。

(イ)故なく人の住居に侵入したのでない。事件当日の示威行進に参加した金沢大学学生安藤鐘一郎は原審公判廷で次のように述べている。第三九項 写真を撮すのを止めろと列中の者が云つていたのか、そうです。第四〇項 写真をとられると具合が悪いか、東京のメーデー事件などで新聞社の写真が警察の方へ廻つて、そのために多くの人が捕つたと言う事がありましたから、そう言う事で撮られるのを嫌がつたのだろうと思います。第四二項 証人として写真を撮られると困るか、参加している事が判ると就職などで困ることがあるので自分としてでも嫌です。第四三項 それで参加していた者は皆写真を撮ると怒るのか、そうです。以上により、示威行進に参加していた大衆が写真を撮られることにより犯罪捜査の具に供せられたり、就職上に不利益をうけることを危惧し、これを嫌悪していたことが明らかである。大衆が写真を撮られることを明らかに嫌つていたことは原審公判廷の証人椎原基次も認めている。第三七項 群衆の中から「写真を撮るな」と言う声が聞えなかつたか、市役所の前でやめて呉れと言われた事があるだけです。第三八項 個人を写す場合その様に言われた場合証人はどうするか、拒否されれば写しません。但し拒否の理由如何によつて致します。

写真を撮らせるか否かは基本的人権の一部に属し、個人の意思に反して不当に写真を撮ろうとするものに対し、これを阻止する権利がある。とくに憲法がその第二八条で勤労に対し団体行動の自由を保障しているにもかかわらず、示威行進が犯罪視され犯罪捜査の対照になつている現状では示威行進に参加している大衆が前記安藤証人の述べるような不安をもつは当然である。本件の場合写真を撮つたものが新聞記者か警察官かは大衆にとり不明であつたことも注意すべきである。

原審公判廷竹中幸二供述。第七九項 その時警察の者が写真を撮つたと推察されそうな状況にあつたのか、それとも新聞社の者が取材のために撮つたものと推察されそうな状況にあつたのか、その点どうか、私等は新聞社のマーク若しくは腕章をつけていなかつたから、わからなかつただろうと思います。

本件は以上のように示威行進の大衆が明らかに写真を撮られることを拒否していたにもかかわらず敢えて中村運動具店二階からこれを撮ろうとしたものがあつたことに発端している。不当な撮影を阻止しようと追いかけたさい、たまたま中村家に入らざるをえなかつたのである。これは盗人が逃げながら他人の家に飛びこんださい。これを追いかけ突さの場合承諾を得る暇もなく他人の家に入つた行為と本質的には同じである。かかる場合故なく人の住居に侵入したとはいえない。また、犯意があつたともいえない。

(ロ)承諾なく立入つたものではない。二人の新聞記者竹中幸二、椎原基次は中村方家人の承諾を得て二階に入つたように原審公廷では述べているが、これは同人等の自己弁護に過ぎず、その場にいた店員杉田伊都子は原審で次のように述べている。第一五項 一時にどうと這入つて来たのですか何回にも亘つて這入つて来たのですか、一時に這入つて来たのです。第五一項 それで這入つても良いと返事をしたのですか、私が返事する間もなく記者が二階へ上つたので私も直ぐこの後について上つたのです。さらに中田スミは原審で第一三項 では証人と最初に入つた人達との間に何か応答があつたのですか、矢張り何か云つておられたようですが耳が悪くて聞き取れず私の方から返事する間もない位早く二階へ上られたのです。

右供述によつて住居者の明示的承諾のなかつたことが明白である。もしこれを黙示の承諾があつたと認定しうるならばこの論理は被告人にも適用されなければならない。なぜならば、最初に二階へ上つた二、三人のものの次に五、六名の学生がやつて来たと言うのが原審証人のほぼ一致した供述である。ところがこの五、六名の学生は中村仁のため二階への階段で阻止されて退去したのであるが、被告人は阻止されないで二階に上つており中村仁に出てくれと言われ退去したのである。これは次の供述で明らかである。原審公廷中村仁供述第八項(一〇六丁)そして私の先に大学生が二階に上ろうとしたので私はそれを追抜き二階に上りました。それからその大学生を二階に上ろうとするのを阻止致しました。第一一項 階段の処に誰か居なかつたか、学生が居り今にも上らんとしたのを見ました。それで私は彼等を追抜き途中七、八段目の処で上りつつある学生二、三人を喰止めました。第一四項 学生を押返してしまつてからどうしたのか、押返してから二階の廊下に居た処知らない男の人から私に対して貴方は誰です、と聞かれました。中略それで降りて呉れと言つたが最初の間は降りようとしなかつたが後に警察官が来るものとわかつたのか降りて行きました。第三三項 被告人は黙つて降りて行つたのか、はい、女中部屋を見てから黙つてすつと降りて行きました。私共とすれば家から出て呉れれば良いのです。

検察官の控訴趣意書によると被告人が退去したのは警察官を見てから立去つたのであると悪意に満ちた断定をしているが、かかる証拠は存在しない。警察官をみて立去つたと云うのは中村仁の想像に過ぎないことは次の供述で明らかである。なおこの点に関しては中村仁の供述以外証拠はない。原審公廷中村仁供述第四五項 市警の方で云々と言われましたがもう一度話して下さい。女中部屋に入ろうとして中をのぞくだけで出て行つてしまいましたが、女中部屋からは市警本部が見えます丁度被告人が女中部屋をのぞいていた時警察官は何か悟つたのかぱあつと動いたそうですそれを見て出て行つたのだろうと後に想像致します。

二、検察官の控訴理由について (イ)検察官は原判決の量刑が不当であると主張する。しかし原判決の認定した事実は前記の如く個人の意思に反して取材のため写真を撮ろうとしたものを阻止しようとした行為に過ぎない。報道の自由というも個人の基本人権を侵害することを容認するものでない。前掲のように、すでにメーデー騒擾事件において新聞社、警察官との撮つた写真が犯罪捜査に不当に利用され人権をじゆうりんされた多数の事例を経験している労働者学生にとつて本件のような示威行進のさい写真撮影に不安と危惧を感ずるは正当な根拠あるものと言わざるをえない。(ロ)記録によつて明らかなように、原判決の認定を是認するとしても被告人が中村方の二階にいた時間は二、三分か五、六分である。いわば風の如く来て風の如く去つたにもひとしい。しかも居住者の中村仁の心境としては同人の原審公廷の供述である前記第三三項において「私共とすれば家から出て呉れれば良いのです」と述べたように、出てくれと要求され退去しているのであつて、深く追及するほどの問題ではないのである。風をまきおこす原因を与えたものは被告人ではなくむしろ住居者中村側において新聞記者を二階へあげさせたことにある。以上事情を考慮するならば検察官の主張は理由がない。

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